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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)198号 判決

原告 守田化学工業株式会社

右代表者代表取締役 守田嘉一

右訴訟代理人弁護士 吉利靖雄

同弁理士 青山葆

被告 丸善化成株式会社

右代表者代表取締役 日暮兵士郎

被告 池田糖化工業株式会社

右代表者代表取締役 水ノ上禎男

被告 富士化学工業株式会社

右代表者代表取締役 谷為義継

右被告ら三名訴訟代理人弁護士 坂井一瓏

同 中山徹

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六一年審判第一九八五四号事件について平成元年二月九日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

二  被告ら

主文第一、二項同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「食品又は医薬品の甘味付与方法」とする特許第九七三〇九九号(昭和五〇年六月四日特許出願、昭和五二年七月一九日出願公告、昭和五四年九月二八日設定登録。以下「本件発明」という。)についての特許権者であるが、被告らは、昭和六一年一〇月三日、原告を被請求人として本件発明についての無効審判を請求し、昭和六一年審判第一九八五四号事件として審理された結果、平成元年二月九日、「特許第九七三〇九九号発明の特許を無効にする。」との審決がなされ、その謄本は同年八月二四日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

ステビア・レバウディアナ・ボルトニーに含有するステビオシードと異なる甘味物質Xを食品又は医薬品に添加することを特徴とする食品又は医薬品の甘味付与方法。

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  まず、前項の本件発明の要旨中の「甘味物質X」について検討する。

甘味物質Xについて本件発明の願書に最初に添付した明細書及び図面には、

ステビア・レバウディアナ・ボルトニーに含まれること、ステビオサイドと起源は同一であるがそれとは異なる物質であること、ノルマルプロビルアルコールと水とを二対一の割合で混合し、該混合液と酢酸エチルとを四〇対六〇の割合で混合し、一〇〇部としたものを展開溶媒として薄層クロマトグラフィーを行うと、ステビオサイドとは別のところにスポットが現れること、

水及びアルコールに可溶、ピリジンに易溶、アセトンに僅溶、ベンゾール及びクロロホルム、エーテルに不溶であること、

融点が二三二~二三七℃であること、比旋光度〔α〕D25が-74。(〇・六ピリジン濃度)であること、

ステビオサイドより良質で苦味の全くない甘味を有すること、

が記載され、その後昭和五一年七月九日付け手続補正書によって、

化学構造式、分子式、分子量を追加し、

融点を二四八~二五〇℃に変更し、比旋光度〔α〕D24が-20。(一・〇メタノール濃度)を追加し、ステビオサイドの甘味度を一〇〇とした場合、甘味物質Xの甘味度が一五〇であること及び甘味物質Xの呈味質をパネルにより調べた結果を追加し、甘味物質Xを具体的な食品、医薬品に添加した実施例を追加しており、そのうち化学構造式についてはさらに特許法第六四条の規定により誤記の訂正を目的としてジテルペン骨格と糖の間の直接結合をエーテル結合に変更する補正をしている。

そして、これらの出願公告前の補正のうち、化学構造式の追加、融点の変更等の物質の特定に関する補正は、補正の前後において物質の同一性を損なうものではなく、また、甘味度、実施例等の物質の性質に関する補正は、願書に最初に添付した明細書に開示された事項を敷衍して説明したものであるから、いずれの補正も明細書の要旨を変更するものではない。

3  これに対して、昭和五〇年四月四日兵庫県西宮市で開催された日本薬学会第九五年会日本薬学会の第九五年会講演要旨集第Ⅱ分冊第一八二頁、写真及び証明書(以下「引用例」という。)には、次のとおりのものが開示されている。

講演要旨集には、「Stevia属植物成分の研究(3)stevia rebaudiana葉中のsteviosideの定量法の研究」と題する論文の要旨が、

写真(別紙図面一参照)には、TLC of GLYCOSIDES FRACTION of STEVIA LEAVESと題して、SILICA GEL CHCl3:MeOH:H2O 30:10:4、左側に薄層クロマトグラフィーの展開図、その上から四番目のスポットにSTEVIOSIDE(YIELD7%)very sweet、そのやや下の別スポットにREBAUDIOSIDE-A(YIELD2%)mp 242~244。very sweetと、

証明書には、前記学会において、講演要旨集の記載と同旨の学術発表を行ったこと及びその際使用したスライドを写真化したものが前記写真であることのこの学術発表を行った者である広島大学医学部教授田中治による証明が、それぞれ記載されている。

以上のことから、昭和五〇年四月四日兵庫県西宮市で開催された日本薬学会第九五年において、「Stevia属植物成分の研究(3)stevia rebaudiana葉中のsteviosideの定量法の研究」と題する発表がされたことにより、ステビア・レバウディアナ葉中のグリコシド画分にはステビオサイドとは異なる別の物質が含まれ、それが二四二~二四四℃の融点を有し、かつ、ステビオサイドと同程度以上に非常に甘い物質であるレバウディオサイドAが、本件出願前に公然知られたと認められる。

なお、被請求人(原告)は、引用例記載の溶媒系を用いて薄層クロマトグラフィーを行なったところ、レバウディオサイドAは引用例に示される〇・三八のRf値を示さず、ステビオサイドとレバウディオサイドAが分離しないことも判明したから、引用例における薄層クロマトグラフィーの記載は再現性のないものであり、また、レバウディオサイドAの特性を示すものではない旨主張するが、分離したレバウディオサイドAのスポットが明確であるのだからその程度のことがその存在までも否定することにはならず、被請求人の主張は採用できない。そして、請求人らが提出した甲第六号証(書証番号は本訴における番号による。以下同じ。薬学雑誌第九五巻第一二号、第一五〇七~一五一一頁)の「Steviosideの定量法の研究」と題する論文は、日本薬学会第九五年会での発表に基づくものであり(第一五〇七頁の脚注1)、そのFig.1.(第一五〇七頁)と引用例の写真とは、展開溶媒のメタノールの量が前者が二〇であるのに対し後者では一〇である点を除き同一であること、及び財団法人日本食品分析センターがクロロホルム:メタノール:水=30:20:4の溶媒を使用して行ったTLC分析の結果(甲第五号証の図―4)が引用例の写真と一致することを考慮すると、引用例の写真における展開溶媒中のメタノールの量は二〇の誤記であると認められるから尚更のことである。

4  そこで、本件発明を前記学会における学術発表が行われたことによって本願出願前に公然知られるに至った発明(以下、「公知発明」という。)と対比しながら検討する。

ステビア・レバウディアナ・ボルトニーはステビア・レバウディアナの一品種であるから、「甘味物質X」と「レバウディオサイドA」とはともに起源がステビア・レバウディアナであって、その起源に含まれるステビオサイドとは異なるがそれと同等以上に非常に甘い物質である点で軌を一にし、本件発明の特許請求の範囲に記載された甘味物質Xを特定するすべてのパラメーターについて両甘味物質は一致しており、また、レバウディオサイドAのような配糖体は結晶水を有することがあり、その結晶水が温度、湿度等の条件によって離脱しそのため融点が変動するので、融点はこの種の配糖体の同定に有効ではないから、融点は、両物質間で数度相違するが、本件発明の甘味物質Xについての融点の変更が同一性を損なうことがないと同様に、両甘味物質を別異のものとするパラメーターとはなりえず、結局、両者は同一物質であると理解できる。

このことは、甲第四号証(昭和五四年一二月六日付け食品化学新聞第六面)の表―1、甲第八号証(食品化学シリーズNo.8010 昭和五五年七月三〇~三一日開催甘味物質の多様化と課題―最近の進歩とその展開―ステビオサイド、レバウディオサイドの化学と応用)の第四頁及び甲第一〇号証(第一五回植物化学シンポジウム 一九七九年一月二七日 キク科stevia属植物成分について:甘味ジテルペン配糖体及び関連化合物について)の第三〇頁に記載されたレバウディオサイドAの化学構造式が本件発明の甘味物質Xのそれと同一であることからも裏付けられる。

そうすると、本件発明は、公知の甘味物質を甘味付与の目的で食品又は医薬品に添加する方法の発明に相当する。

しかし、一般に、植物などの天然物から抽出された甘味物質を食品や医薬品に甘味を付与する目的で添加することは、甘味物質の使用態様として極めて普通のことであるから、レバウディオサイドAを食品または医薬品に甘味を付与する目的で添加することは、当業者が容易になし得ることである。

なお、被請求人は、甘味物質を食品、医薬品等に甘味剤として使用することについて、甘味を有する物質がすべて食品または医薬品の甘味付与に用い得るとは限らず、既存の甘味剤と比較した甘味の発現性、不快味の弱さ等が明らかになって初めて、食品または医薬品の甘味付与に用い得るかどうか定まるから、引用例のレバウディオサイドAが非常に甘いとの記載は、その物質を甘味付与の目的で食品または医薬品に添加することを示していない旨主張するが、甘味物質を食品や医薬品に甘味を付与する目的で添加することは、甘味物質の使用態様として極めて普通のことであり、また、甘味を有する物質が発見されたときにそれを甘味剤として使用することは、当業者であればまず最初に試みようとすることであるから、レバウディオサイドAの使用態様が明記されていないことが、それを甘味を付与するために食品又は医薬品に添加することは当業者が容易になし得ないことの根拠とはなり得ず、前記被請求人の主張は採用できない。

3  以上のとおりであるから、本件発明は、公知発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものであるので、その特許は、特許法第二九条の規定に違反して特許されたものであり、同法第一二三条第一項第一号の規定に該当し、無効にすべきものである。

四  審決の取消事由

引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていること及びステビア・レバウディアナ・ボルトニーはステビア・レバウディアナの一品種であり、本件発明の「甘味物質X」と「レバウディオサイドA」はともに起源がステビア・レバウディアナであることは認める。しかしながら、審決は、引用例に記載の技術内容を誤認した結果、本件発明の甘味物質Xは引用例記載の公知発明と同一物質であると誤って判断し、ひいて、本件発明は公知発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると誤って判断したものであるから、違法であって、取り消されるべきである。

すなわち、昭和五〇年四月四日兵庫県西宮市で開催された日本薬学会第九五年会において、「Stevia属植物成分の研究(3) atevia rebaudiana葉中のsteviosideの定量法の研究」と題する発表が広島大学医学部教授田中治によって行われたが、そこで発表された「ステビア・レバウディアナ葉中のグリコシド画分に含まれるステビオサイドとは異なる物質で二四二~二四四℃の融点を有し、ステビオサイドと同程度の非常に甘い物質である「レバウディオサイドA」なる物質は、真の「レバウディオサイドA」なる物質とは異なる物質である。

審決は、引用例の写真における展開溶媒中のメタノールの量は「一〇」ではなくて「二〇」の誤記であると誤って認定し、この誤った認定のもとに、前記田中教授による発表中の「レバウディオサイドA」なる物質と本件発明の甘味物質Xなる物質を同一とし、これを公知の甘味物質とするものである。

しかしながら、田中教授の一連の発表経過をみると、① 前記学会において発表されたもの(甲第二号証)においては、クロロホルム:メタノール:水=三〇:一〇:四の展開溶媒を使用した薄層クロマトグラフィーのステビオサイドのスポットよりやや下にスポットのある物質を「レバウディオサイドA」と称呼し、② 原稿受領日昭和五〇年六月二四日の薬学雑誌九五巻一二号(甲第六号証)において、クロロホルム:メタノール:水=三〇:二〇:四の展開溶媒を使用した薄層クロマトグラフィーでステビオサイドよりやや下に位置するスポットのある物質を「レバウディオサイドA」と称呼し、③ 昭和五〇年九月二七日出願の特許明細書(甲第七号証)においては、クロロホルム:メタノール:水=三〇:一〇:四の展開溶媒を使用した薄層クロマトグラフィーでステビオサイドより低いRf値を示す物質を「レバウディオサイドA」と称呼し、さらに④ 昭和五五年七月三〇日、同三一日開催の「ステビオサイド、レバウディオサイドの化学と応用」なる発表(甲第八号証)においてクロロホルム:メタノール:水=三〇:二〇:四の展開溶媒を使用した薄層クロマトグラフィーのスポットがステビオサイド、レバウディオサイドC、及びレバウディオサイドAの順に低く示され、レバウディオサイドCより更に低い位置にスポットを示す物質を「レバウディオサイドA」と称呼している。

ところで、財団法人日本食品分析センターの試験報告書(甲第五号証)によれば、クロロホルム:メタノール:水=三〇:二〇:四の展開溶媒を使用して行った薄層クロマトグラフィー分析では、ステビオサイドの下には複数のスポットが存在しており、ステビオサイドのスポットの下であってそれに隣接するスポットは「レバウディオサイドA」ではないことが認められる。

また、昭和五四年一月二七日開催の「キク科ステビア属植物成分:甘味ジテルペン配糖体および関連化合物について」と題する田中教授の予稿集(甲第一〇号証)によれば、田中教授は、レバウディオサイドBは成分ではなく、レバウディオサイドAの分解物であると発表している。このことからすると、レバウディオサイドAは分解してレバウディオサイドBに変化して消滅するものであるから、レバウディオサイドBのスポットが認められる薄層クロマトグラフィーの分析(引用例記載のものはこれに該当する)にあっては、ステビオサイドの下に位置するスポットはレバウディオサイドCであって、これがレバウディオサイドAであるとはいえないものである。

してみると、引用例記載の写真(別紙図面一参照)の薄層クロマトグラフィーの展開図のステビオサイドの直下のスポットは、「レバウディオサイドA」なる名称が付けられてはいるが、むしろレバウディオサイドCと判断するのが合理的なものであって、これが真のレバウディオサイドAとはいえないものである。

そもそも、一般に未知の化学物質が公知となったというためには、その物質の同定資料(例えば、元素分析、分子量、融点、比旋光度、紫外線吸収スペクトル、赤外線吸収スペクトル、溶剤に対する溶解性、薄層クロマトグラフィー、呈色反応、塩基性、酸性・中性の区別、物質の色等の理化学的性質)が開示されていなければならないところ、引用例の記載において、未知物質であったレバウディオサイドAが公知となったといい得るためには、理化学的性質が既知物質と異なることはもちろんのこと、後に明らかとなるレバウディオサイドCの理化学的性質とも異なることが当然必要となる。しかるに、引用例に記載されている、薄層クロマトグラフィーの展開図においてステビオサイドのスポットのやや下のスポットに表れるステビオサイドとは異なる物質であり、その収率が二%で、ステビオサイドと同程度以上に非常に甘いという程度のデータでは、レバウディオサイドAが既知物質及び未知物質のレバウディオサイドCとは別異の新規物質であると同定されたとはいえないものである。

したがって、後にレバウディオサイドAと判明した本件発明の甘味物質Xは、本件出願前たる昭和五〇年四月四日、日本薬学会における田中教授の発表によって既に公知の物質であったとする審決の認定、判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

原告は、引用例の写真における展開溶媒中のメタノールの量は二〇の誤記であるとした審決の認定は誤りであると主張するが、引用例に記載の発表に基づいて田中教授が薬学雑誌に発表した甲第六号証には、引用例の写真と同じ薄層クロマトグラフィーの結果を掲げ、この展開溶媒としてクロロホルム:メタノール:水=三〇:二〇:四と明記されており、更に甲第五号証には、薄層クロマトグラフィー分析で同様組成の展開溶媒が利用されスポットの形成ができており、また、展開溶媒をクロロホルム:メタノール:水=三〇:一〇:四としたのでは、均一溶媒とはならず、従って薄層クロマトグラフィーの展開溶媒としての使用に耐えないことが取扱上明瞭であるとの記載があることからして、引用例の写真における展開溶媒のメタノールの量は二〇の誤記であるとした審決の認定、判断に誤りはない。

また、原告は、引用例に記載の「レバウディオサイドA」は、真のレバウディオサイドAでないことを甲第五号証ないし甲第八号証と対比しながら主張する。

しかしながら、引用例の記載及びこれに基づいて薬学雑誌に発表された甲第六号証から明らかなように、田中教授は、乾燥ステビア葉をもとに抽出操作を行い、ステビア葉に含有する成分である配糖体区分を薄層クロマトグラフィー分析し、その結果レバウディオサイドA及びレバウディオサイドBといった成分を確認し、且つそれぞれを結晶として単離し、その収量も明らかにしているのである。結晶を単離し、融点はじめその物理、化学的性質を測定していることはレバウディオサイドAの存在を確認しているに他ならない。ところで、甲第六号証には、レバウディオサイドA及びレバウディオサイドBの単離と構造研究について別に報告する(第一五〇八頁第三行、第四行)とあり、現に昭和五〇年一一月二四日受入れ、昭和五一年六月二二日発行のフィトケミストリー第一五巻第九八一頁ないし第九八三頁(乙第一号証)には、レバウディオサイドAの構造式、分子式、物理、化学的性質の測定値が詳細に示されている。このように、田中教授が昭和五〇年四月四日の学会においてレバウディオサイドAとして発表したものが、他の物質であるということは到底あり得ないことである。

原告は、甲第八号証の内容を根拠に云々するが、まず、甲第八号証第三頁に記載の薄層クロマトグラフィーに用いた展開溶媒は、クロロホルム:メタノール:水=九〇:六五:九の組成のものであって、三〇:二〇:四の配合のものではないこと。そして、レバウディオサイドAについての前記頁の記載を見れば判るようにその引用論文は乙第一号証、すなわち引用例の記載に端を発するものであり、レバウディオサイドCは、第四頁に記載の引用文献上から明らかなように一九七七年(昭和五二年)に発見・確認発表されたものである。したがって、昭和五〇年当時ステビア葉中レバウディオサイドCの存在は全く知られていなかったこと。更に、第四頁には、レバウディオサイドA、レバウディオサイドC及びレバウディオサイドBの収量、含有量について示されているが、一般にレバウディオサイドAはレバウディオサイドCに比し五~一〇倍量含まれていることが記載されていること。更にいえば、薄層クロマトグラフィー分析において、展開溶媒の種類及びその配合比の如何によって含有成分のスポットの出具合、その位置において変動のあるのは常識となっていること。もし、引用例に記載の学会発表当時ステビア葉の抽出物中レバウディオサイドCが含有していてその配糖体区分の薄層クロマトグラフィー分析を行って、そのスポットが出ていたとすると、ステビオサイドの下にレバウディオサイドAとCが当然検出されなければならないが、この場合硫酸により発色せしめると、Cの場合は黄色に出るし、ステビオサイド、レバウディオサイドAは黒色を呈するからレバウディオサイドCの存在を見落としたり、レバウディオサイドAと見間違うことはあり得ないこと。これらの点を総合してみると、田中教授が学会発表したものは明らかにレバウディオサイドAそのものであり、ステビオサイド以上の甘味のあることも含めて田中教授が始めて採取、確認したものであることに間違いはない。

原告は、甲第五号証の薄層クロマトグラフィー分析結果(図―4)と引用例に記載の薄層クロマトグラフィー分析の結果とを対比して云々するが、引用例に記載の薄層クロマトグラフィー分析及びその他の田中教授の示した薄層クロマトグラフィー分析の対照物は、天然のステビア葉の抽出液を処理して天然ステビア葉中に存在する配糖体成分を検出、確認するというものであるのに対し、甲第五号証の分析対照資料は各単独物質と抽出物であること、又各単独物質をそれぞれ別個に展開させているだけのものである。したがって、分析法、分析対照物において全く相違する両者を対比して云々しても無意味なことである。

原告は、甲第七号証をも採り挙げて云々するが、甲第七号証の作成について田中教授は全く関与しておらず、したがって、これを根拠に主張してみても始まらない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一)  《証拠省略》によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び効果は、次のとおりであると認められる。

本件発明は、ステビア・レバウディアナ・ボルトニーに含有する新規な甘味物質Xを付与することにより食品、医薬品等に良質の甘味を付与する方法に関するものである。

従来、甘味料としては、サッカリン等の合成甘味物質が使用されていたが、近時、その安全性が問題となり、食品に使用することが禁止され、代わって、天然甘味物質が求められるようになってきたが、使用される天然甘味物質には、糖害、酸酵、酸敗、アミノ酸とのメイラード反応による褐変化、甘味度において一長一短があった。本件発明は、天然甘味物質による食品医薬品に甘味を付与する方法について植物中に含有される良質の甘味物質を提供することを目的としたもので、その研究の結果、ステビア・レバウディアナ・ボルトニーの中にステビオサイドと異なる甘味物質が存在し、ステビオサイドよりも良質で苦味の全くない蔗糖の甘味発現性に比較的類似する水溶性新規甘味物質を知見し、本件発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。

本件発明は、甘味物質Xが水に易溶であることから、食品、医薬品等で使用することが容易であり、また、口中においても苦味、嫌味等の不快感が全くなく、しかも可溶性であるため口中にいつまでも甘味が残らないという効果を奏するものである。

(二)  他方、引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは、当事者間に争いがない。

2  原告は、引用例に記載のレバウディオサイドAはレバウディオサイドCと判断されるものであって、これが真のレバウディオサイドAとはいえず、したがって、後にレバウディオサイドAと判明した本件発明の甘味物質Xは、本件出願前たる昭和五〇年四月四日、日本薬学会において田中教授の発表によって既に公知であったとする審決の認定、判断は誤りである旨主張する。

そこで、レバウディオサイドAに関する田中教授の一連の発表についてみるに、

①  昭和五〇年四月四日、西宮市で開催された日本薬学会第九五年会で行なわれた田中教授の学術発表の内容(引用例に記載のもの)は審決認定のとおりであることは前記認定したとおりである。

②  次に、《証拠省略》によれば、薬学雑誌第九五巻第一二号、第一五〇七頁ないし一五一一頁には、田中教授他三名による「Steviosideの定量法の研究」と題する論文が掲載されており、右論文は前記①の学術発表に基づくもので、その内容は、Figl(別紙図面二参照)に示された展開溶媒のメタノールの量が引用例記載の写真(別紙図面一参照)で示されたものに対し異なる(前者が「二〇」であるのに対し、後者は「一〇」である)点を除いて前記①と同一のものであることが認められる。

③  次に、《証拠省略》によれば、味の素株式会社は昭和五〇年五月二七日、発明者田中治他三名、発明の名称を「甘味剤の製造方法」と題する特許出願をしたが、右発明は引用例記載の学術発表に基づいて特許法第三〇条第一項の適用を申請したものであり、その発明の詳細な説明には、キク科植物Stevia rebaudiana Bertoniの地上部より溶媒抽出された甘味物質含有物を薄層クロマトグラフィー分析(シリカゲル、クロロホルム:メタノール:水=三〇:一〇:四)により分解すると、ステビオサイドより低いRf値を有しかつステビオサイドに近接して分離されるのがレバウディオサイドAであること、融点は二四二~二四四℃で原料の約二%の収率であること(同第一三欄第七行ないし第一五行、第四欄第一〇行ないし第一四行)、レバウディオサイドAは砂糖に比して約一三〇倍の甘味を有すること、その分子式はC44H70O23・3H2Oであり、構造式はであること等の記載があることが認められる。

④  次に、《証拠省略》によれば、田中教授は、「ステビオサイド、レバウディオサイドの化学と応用」と題する発表を行ない、レバウディオサイドAは無色結晶(メタノール)mp(融点)二四二~二四四℃、比旋光度〔α〕24D-20.8°(メタノール)、分子式C44H70O23・3H2O、構造は左のとおり

その収量は二~五%、甘味は蔗糖の一五〇倍以上で苦味少なく良質であり、他方、レバウディオサイドCは無色結晶、mp二一五~二一七℃、比旋光度〔α〕25D-29.9°(メタノール)、構造は右記のとおり、その収量は一%以下、甘味は蔗糖の五〇倍以下で苦味があること、展開溶媒CHCl3:MeOH:H2O=三〇:二〇:四を使用して行なった薄層クロマトグラフィーの分析結果は左のとおりであると発表したことが認められる。

⑤  次に、《証拠省略》によれば、一九七九年一月二七日東京大学薬学部記念講堂における第一五回植物化学シンボジウムで「キク科Stevia属植物成分:甘味ジテルペン配糖体および関連化合物について」と題する田中教授の予稿があり、そこで田中教授は、「我々はステビア葉より新たに1につぐ含量(二~三%)でrebaudioside A(13)と命名された強甘味配糖体を得、その構造を決定した。その他微量成分であるがrebaudioside C(15)、D(16)およびE(17)と命名された甘味配糖体をもそれぞれの構造を決定した。」と述べ、構造を

と示したことが認められる。

右事実からすると、田中教授はStevia属植物成分の一連の研究発表において、レバウディオサイドAは、ステビオサイドとは異なる別の物質で、薄層クロマトグラフィーの展開図(その展開溶媒に関しては後述する)ではステビオサイドのやや下のスポットに位置し、二四二~二四四℃の融点を有し、大変甘い良質の糖度を持ち、その収量は二%のものであり、他方、レバウディオサイドCも薄層クロマトグラフィー展開図ではステビオサイドのやや下のスポットに位置するが、糖度はレバウディオサイドAより劣りかつ苦味を有し、その収量も微量であってレバウディオサイドAよりはるかに少ないものであるとし、また前記①の学術発表後、レバウディオサイドAとCの構造式、分子式、比旋光度等の点において両者の相違を明らかにしているのであって、田中教授が引用例記載の学術発表に当たって、糖度や味覚の特徴(レバウディオサイドCは苦味がある点)に差異があり、収量も明らかに異なるレバウディオサイドAとレバウディオサイドCを誤認、混同し、レバウディオサイドCをレバウディオサイドAと見誤って発表したと認めることはできない。

したがって、引用例記載の学術発表が行なわれたことにより、ステビアレバウディアナ葉中のグリコシド画分にはステビオサイドとは異なる別の物質が含まれており、それが二四二~二四四℃の融点を有し、収量二%程度の、非常に甘い物質であるレバウディオサイドAであることが公然知られることになったと認めることができるものである。

そして、《証拠省略》によれば、本件発明の特許請求の範囲には、甘味物質Xについて「ステビア・レバウディアナ・ボルトニーに含有するステビオシードと異なる甘味物質」とその構成要件が規定されていることが認められ、また、ステビア・レバウディアナ・ボルトニーはステビア・レバウディアナの一品種で、甘味物質XとレバウディオサイドAとはともに起源がステビア・レバウディアナであることは当事者間に争いがないことからして、本件発明の甘味物質Xと引用例記載のレバウディオサイドAとは同一物質であると理解され、この点における審決の認定、判断に誤りはない。

原告は、未知の化学物質が公知と言えるためには、その物質の同定資料が開示されていなければならないところ、引用例記載の薄層クロマトグラフィーの展開図、レバウディオサイドAの融点、収量、甘味のデータではレバウディオサイドAが既知の物質や未知のレバウディオサイドCとは別異の新規物質であると同定し得ない、と主張する。

しかしながら、本件発明の甘味物質Xと引用例記載のレバウディオサイドAとが同一であるか否かを判断するに当たっては、本件発明の特許請求の範囲に記載された甘味物質Xの構成要件と、引用例に記載されたレバウディオサイドAの理化学的性質とを比較すれば足り、したがって、レバウディオサイドAの理化学的性質の資料も右レベルのものがあれが十分である。してみると、本件甘味物質Xの構成要件は、前記認定したように、ステビア・レバウデイアナ・ボルトニーに含まれており、ステビオサイドとは異なるもので、かつ、甘味を呈するというものであり、他方、引用例記載の学術発表における写真(別紙図面一参照)にはステビア・レバウディアナ葉中の成分を薄層クロマトグラフィーにかけて分析し、ステビオサイド、レバウディオサイドA、レバウディオサイドB等の成分を分離し、かつそれらを単離し、その収量、融点、甘味度等の測定結果を示しており、両者が同一物質であるか否かは右資料に基づいて十分になし得るものであるから、レバウディオサイドAを特定する理化学的性質を示す資料が足りないとする原告の前記主張は採用し得ない。

また、原告は、レバウディオサイドAはレバウディオサイドBに変化して消滅するものであるから、レバウディオサイドBのスポットが認められる薄層クロマトグラフィーの分析にあっては、ステビオサイドの下のスポットはレバウディオサイドAではなく、レバウディオサイドCである旨主張する。

しかしながら、本件全証拠を検討するも、レバウディオサイドAがレバウディオサイドBに変化し、その結果レバウディオサイドAは消滅するということを認めるに足る証拠はない。この点に関し、《証拠省略》によれば、キク科Stevia属植物成分:甘味ジテルペン配糖体および関連化合物について」と題する田中教授の寄稿したものには「rebaudioside B(14)(TableⅠ参照)はステビア葉の抽出中誤って13から生成した二次的産物であると訂正する」と記載されていることが認められ、右記載からすると、田中教授は、レバウディオサイドBはレバウディオサイドAの一部が誤って変化したものであることは認めているが、レバウディオサイドAがすべてレバウディオサイドBに変化するとはいっていないものと解される。また、原告主張のように、レバウディオサイドBはレバウディオサイドAの変化したものであるとすると、引用例記載の写真(別紙図面一参照)及び前掲甲第六号証の展開図(別紙図面二参照)に示されたレバウディオサイドBの収量は〇・〇七%というきわめて少量であるから、前記2④、⑤で認定したところの「レバウディオサイドAの収量は約二~五%」という記載の内容と整合しないものとなることからしても、原告の前記主張は採用し得ないものである。

なお、原告は、引用例記載の薄層クロマトグラフィーの展開溶媒のメタノールの割合は甲第六号証、甲第五号証の記載からして「一〇」ではなく「二〇」の誤記であるとした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、甲第六号証のFiglと引用例の写真とは、展開溶媒のメタノールの量が前者が二〇であるのに対し、後者は一〇である点を除いて同一であることは前記2②で認定したとおりであり、また、成立に争いのない甲第五号証によれば、「CHCl3  180ml:CH3OH60ml:H2O24mlを使用し、上記1)の展開溶媒を調整した所、展開溶媒は濁り、暫くすると二層に分離した。」と記載されていることが認められ、さらに同号証の図1ないし図4からするとは展開溶媒をクロロホルム:メタノール:水=一八〇ml六〇ml:二四mlとしたものは、ステビオサイド、レバウディオサイドA、レバウディオサイドC、ステビア抽出物は順を作って展開しないのに対し、展開溶媒の割合を一八〇ml:一二〇ml:二四mlとするとステビオサイド、レバウディオサイドA、レバウディオサイドC、ステビア抽出物は順を作って展開することが認められ、これらのことを勘案すると、メタノールの量は「一〇」ではなく「二〇」の誤記であるとした審決の認定、判断が誤りであるとはいえない。

3  以上のとおりであって、引用例記載のレバウディオサイドAと本件発明の甘味物質Xとは同一物質であるとする審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

三  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 岩田嘉彦)

〈以下省略〉

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